2018年5月27日(日) 04:14 JST

文創りのエチュード第4話 『退屈からの脱走者』/島村綾さん作 揉み紙の上製本×フィクション

  • 2010年10月31日(日) 08:30 JST
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『退屈からの脱走者』  ―――  島村 綾



 



玄関のチャイムが鳴った。昨日痛めた首をかばいながら、直人(なおと)はベッドから立ち上がる。
本を置き、二階の部屋からおそるおそる、階段下の玄関を覗くと、母が宅急便を受け取っ
たばかりだった。

「重症じゃないなら出てよ」と、母が直人を睨みつける。直人は再び部屋に戻り、本を手
に取って、やっぱり、と思った。

昨日からこの本のとおりのことが起こっている。今読んでいたのは、主人公の家のチャ
イムを追跡者が押す場面だ。出版社や著者名の入っていない、和紙のような紙で作られた
小説。昨日の高校からの帰り道、ゴミ置き場にあったのをつい拾ってしまった。バスの中
でバス事故に遭う場面を読んでいると、実際バスは追突事故を起こし、軽いむち打ちにな
った直人は、休学するはめになった。
カラスが出る場面では窓の外をカラスが飛んだ。そしてチャイムのタイミング。そもそ
もこの話が、ゴミの中から拾い物をした所から始まる。これは予言の本に違いないと、直
人は考えた。組織を抜けた男がかつての仲間に追われる展開に、恐怖と期待を抱きながら、
普段読書をしない直人がのめり込んでいく。
横になりながら、女が主人公に声をかける場面を読むと、階下から母が夕食だと呼んだ。
敵の拠点となるビルが爆発し、主人公が屋上へ追いつめられる所までさしかかると、直人
は疲れてひと眠りした。

尿意で目覚めると朝の六時だった。両親は眠っている。一階に行くと何かが焼けるにお
いに気が付いた。どこにも炎は見えないが、においは確実に台所からだ。本の呪いだ! 本
のせいで家が燃える! 直人は慌てて二階に駆け上がり、本を投げ捨てようと窓を開けた。
その時急にめまいに襲われ、本と共に落ちていった。

病院から戻った母は仕事先の夫に、直人の容体を電話で報告した。自殺未遂なのか事故
なのか、本人の意識が戻らなければわからない。入院の手続きに再度病院へ行く前に、少
し落ち着こうと台所でコーヒーを淹れ、昨日届いたホームベーカリーの蓋を開けた。早速
今朝、焼きたてのパンを食べようとセットしたのに、すっかり冷めて萎(しぼ)んでいる。こんな
大変な時でもセールスは訪ねてくるし、ゴミを狙って来るカラスも喧(やかま)しい。テレビから
流れるニュースはいつも通り物騒だ。  
倒れていた直人の傍にあった本をしばし眺めていたが、母の趣味ではなかったので、廃
品回収の新聞の束の中に入れた。


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[⇒]『文創りのエチュード』の取り組み、続いて日刊工業新聞・大阪版に掲載。
[⇒]『文創りのエチュード』の取り組みが産経新聞大阪版に掲載中。
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